2016年4月30日土曜日

世界遺産 富岡製糸場へ



世界遺産に認定された、
富岡製糸場(群馬県 富岡市)へ行って来ました。


フランスの技術を取り入れた富岡製糸場は、
工場の赤レンガも「フランス積み」と呼ばれる形態です。
104メートルに及ぶレンガの置繭場は、
21世紀の現在 見ても圧巻でした。




子どもの頃に『あゝ野麦峠』という映画を見て以来、
ずっと見学したかった製糸場。
映画の舞台は長野県ですが、同じ時代を経た製糸場ですから、
床のきしみ一つにも女工さんたちの気配を感じるようでした。
 
 
 
 
 
 
 
操業停止した時の機械がそのまま置かれている、繰糸工場。


 
 
長さ140メートルの工場内に並ぶ繰糸機は、
メカニカルな芸術作品のようにすら見えます。


 



私がレンガ造りの建物に夢中なのに対し、
精密機械の開発設計をしている夫は、繰糸機に興味津々。
小さな子分(息子)と一緒に食い入るように見入っていました。





現在の労働環境と比較して、とかく過酷さがクローズアップされがちですが、
能力重視であったり、敷地内に診療所があったりと、
当時としては最先端の職場でもあったようです。

なんだか今まで以上に興味を惹かれて、
製糸場の売店で富岡製糸場に関する本を購入しました。





遊園地も良いですが、
国宝や世界遺産などの史跡めぐりも良いものですね。
充実のひと時を過ごせました。




2016年4月16日土曜日

花の咲く日

 
 
 
桜吹雪の中、ジュンベリーの花が見ごろを迎えました。
 
 
我が家の庭もすっかり春です。
 
 


 
 
 
生命力みなぎる芽吹きの庭で、
学校帰りの坊ちゃんが草むしりに精を出しています。




「一緒にやると楽しいね」などと可愛いことを言うので、
日頃 叱ってばかりの私の目尻も下がります。


まだ花の少ない季節ですが、
小さな灌木ながらも、ボケの花が鮮やかな緋色で庭を彩っています。




見上げれば、ハナミズキも可愛らしい蕾をたくさん付けています。
今年も美しい花を見られそう。






今はまだ遊び半分のお手伝いですが、
そのうち「今年はこの花を植えよう」とか、「そろそろ肥料をやろう」などと、
息子と園芸談議に花が咲く日が来るのでしょうか。

草むしりをする息子の横顔を眺めながら、
小さな夢に心躍らせる母なのでした。




2016年4月14日木曜日

まなざし




ミドリガメのロザリオさん。

朝から熱いまなざしで私を見つめます。


水槽に付いた無数の引っかき傷は、
ロザリオの小さな爪が作ったものです。
私が水槽に近付くと、
こうして傍までやって来て水槽をカリカリ引っかくのです。

最近は食欲がすごくて、
朝にエサをやっても1時間もしないうちに「何も食べていません」アピール・・・
飼い主に似て食いしん坊です。

まぁ・・・飼い主って言うのは、私のことですがね。




 
 
 
そんなロザリオさん、甲羅干しの時は後ろ足を目一杯に出して、
体の隅々までお日様の光を楽しみます。
私が近づいても知らん顔で御御足をピーン。
 
 
手のひらに乗せても ちっとも怖がらなくなりました。
私のことを仲間だと認めてくれたのでしょうか。






寡黙ながらも、色々と考えてるんだろうな。

少し大きくなって、現在5.5センチのロザリオさんです。







2016年4月13日水曜日

音楽と共に



坊ちゃんのピアノの発表会がありました。


演奏したのは、ベートーベン作曲「エリーゼのために」。
繰り返しの多い曲ではありますが、
中盤でドラマティックにガラリと曲調が変わり、
終盤は和音の連続・・・
自分のものとして弾けるようになるまで、
5か月ほど要しました。


今回の発表会は坊ちゃんにとって、
大きな大きな一歩となりました。

なぜなら、譜読みから運指まで、
私の助け無く一人で頑張って練習したからです。
これまでは私がつきっきりで
練習に付き合わねばならなかったことを思うと、本当に大きな成長です。


本番では、若干 粗さが垣間見られたものの、
最後の一音まで情感を込めて演奏できました。
先生にも「猫背でさえなければ完璧だったわよ!」と言って頂き、
坊ちゃんは恥ずかしいような嬉しいようなで、モジモジとしておりました。



発表会の後は、ホールに併設されている喫茶店で ご褒美のティータイム。
なんだか懐かしい雰囲気の昔ながらの喫茶店でした。
こんなお店で のんびりと午後を過ごすのも良いものです。



喜びや楽しさだけでなく、
時として悲しみをも癒してくれる音楽。
プロとかアマチュアとか、そんなことには関係なく、
坊ちゃんには音楽のある人生を歩んでもらいたいなと思います。


2016年4月9日土曜日

Gracias

 
 
庭の水仙が見ごろを迎えています。
すっかり春になりました。
 
せっかくなので、グラオも一緒に写真撮影。
可愛い笑顔の奇跡の一枚が撮れました。
 
 
 
グラちゃんのことをよく「グラオ」呼ばわりしていますが、
グラちゃんの本名はグラシアス(gracias)です。
「グラシアス」はスペイン語で「ありがとう」という意味ですが、
その他に「神の恩恵」という意もあります。
なぜこんな名前かというと・・・
 
実はグラちゃんを飼う前に、
グラちゃんと同じ鳥種のコザクラインコを飼っていました。
名前はマティス。
愛鳥家で有名なフランスの画家マティスに因んで名付けました。
 
私にとって初めての小鳥だったマティスは、
小鳥がどれほど聡明で愛情深く、
愛すべき存在なのかを教えてくれた大切な小鳥でした。
 
実家の父が病で急逝したときも、
マティスは私を慰め、悲しみを癒してくれました。
 
そんなマティスでしたが、
父の死からわずか2カ月で急に死んでしまったのです。
「ペットロス」なんて言葉がありますが、
あの時の感情は、言葉では表せません。
父の死とマティスの死が重なって、悲しみが倍増したように思えました。
 
 
 
 
マティス
 
 
毎日、マティスのことを思って泣いていた時、
息子がホームセンターのペットコーナーで
愛らしいコザクラインコの赤ちゃんを見つけました。
それがグラシアスとの出会いです。
 
マティスと同じ鳥種を、
しかも悲しみが癒える前に迎え入れることに
まったく抵抗がなかったわけではありません。
 
ですが、
離乳食のように柔らかくしてやったエサを
不器用にクチバシにいっぱい付けて食べ、
一口食べては私の顔を見上げる姿に、
大きな慰めを与えられました。
 
それは私にとってはまさに「恩恵」で、
感謝の思いでいっぱいになりました。
「神の恩恵」と「ありがとう」の意を持つ「gracias」という言葉は、
私にとってはこの小鳥にピッタリの言葉なのです。
 
 
ところでグラちゃん・・・ですが、
見た目の可愛らしさとは異なって、その実、非常に凶暴です。
グラに限らずコザクラインコは、
アグレッシブで凶暴な性格の個体が多いのです。
出血するほどひどく噛まれたことも一度や二度ではありません。
 
一方で、非常に愛情深く、片時も離れたがりません。
私が息子を叱ると、一緒になって鳴きわめき、
私が唄うと一緒に唄います。
そして、私の顔を覗き込んでは毛づくろいをしてくれます。
 
凶暴なこともひっくるめて、
愛してやまない大切な小鳥です。